「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.32 父還る

 

 

 

 3日後。

 感動的な空港での再会劇のことは書かないわ。

 知りたかったら、ネットサーフィンでもしたらいいわよ。

 絶対に何人かが日記に書いてるから。外国人が空港で○○で△△してたって。

 大丈夫。変なことはしてないから。抱き合って大声で騒いでいただけ。

 はぁ…、アンタたちがこんなのだから、私が…、私は!

 もういいわ。過ぎたことはどうしようもないから。

 シンジのことはちょっと置いておきましょう。

 今は、マナのことが問題なのよ!

 

 パパと3人でマンションに帰ってきたとき、ちょうどシンジが扉から出てきた。

「あ、シンジ」

「こ、こんにちは」

 丁寧にお辞儀して挨拶するシンジはさすがに礼儀正しいわね。

 でも、パパがちょっと気になるみたい。

「シンジ!紹介するわ。私のパパ、惣流・ハインツよ!」

「Guten Tag!」

 パパがにっこり笑って、シンジに握手を求めた。

 この親父。わざとドイツ語使ってるわね。私のシンジを困らせて。許さないわ!

「え、え〜と、ドイツ語だよね」

 シンジは握手をしながら私に助けを求めたの。

「え〜と、こちらは碇シンジくん。大阪はミナミの出身の…」

「えっ!ホンマですか?アンタ関西人かいな?そりゃ嬉しいわ。

 お隣さんが大阪弁喋る人やったら、こっちも気兼ねせえへんで済みますさかい。

 ま、よろしゅうたのみますわ」

「え、え、え〜と」

 私は、オホンと咳払いをした。

「大阪はミナミの出身の鈴原君の親友です。

 シンジくんは生まれてからずっとこの町に暮らしてます」

 ママがお腹を抱えて笑ってる。

「なんや、アスカ、パパを騙したな」

「パパがドイツ語使って、シンジをからかうからでしょ」

「何ゆうてるんや。この風体でいきなり関西弁で喋ったら相手がびっくりするやないか」

「はいはい。シンジ。こういう人だから、遠慮しなくていいから」

 シンジがにっこり微笑んだわ。

「はい。碇シンジといいます。アスカさんとは同級生で、いつもお世話になっています」

 うんうん。いい挨拶ね。

「いや、さっきはすみません。アスカの父でハインツといいます。

 これからも娘ともどもよろしくお願いします」

 よしよし、おとぼけパパにしては上出来よ。

「ところで、アスカとはキスくらいは…」

「パパ!」

 私はすかさず、右アッパーを繰り出したわ。

 でもパパはママで鍛えられてるから、あっさりとかわした。

「なんや、違うんか。アスカが男の子に名前を呼ばせてるなんて、これまでなかったから…。

 いや、えらい誤解してすみませんな」

 シンジは真っ赤になってしまってた。

「ごめんね、シンジ。あのね、パパ、シンジは別の娘とつきあってんの。

 私よりずぅ〜と可愛い娘。変な事言わないでよ」

 くそぉ〜!自分の口でこんなこと言わないといけないなんて!

 私だって、シンジの腕を組んで、私たちラブラブなんで〜すって言いたいわよ!

 あれ?何か溜息が聞こえたような…。シンジ…?

 違うよね、空耳か。

「はいはい、貴方は中に入って。シンジ君、どこか行くところだったんでしょ」

「あ、そうだった。トウジと待ち合わせ。失礼します」

 慌てて腕時計を見て、シンジは会釈してエレベ−ターの方へ走っていったわ。

「いい子だね。アスカのボーイフレンドじゃないのか。残念だな」

「普通の親ならそういうとき、嫉妬するんじゃないの?」

「普通の親の方が良かったかい?アスカは。まあ、頑張るんだな」

 くっ!さすがラスボスの相方。もう見破ったの?

 あ!違うわ。ママね!ママが喋ったんだ。

 ママをグッと睨みつけると、ママは肩を竦めて知らぬ顔。

 この人たちって。信じらんない!

 ママが鍵を開けて…、パパが玄関に一歩踏み出したとき。

「ああっ!待ったぁ!」

 パパが部屋の中を見たとたんに、叫び声をあげたわ。

 嘘…。もう妖怪アンテナにピピッときたの?

「この部屋…。出るんとちゃうか?見たことないか?」

「し、知らないわよ」

「いやぁ、出るで。出る。絶対に出よるわ」

「ハインツ、中に入りなさい」

「はい」

 玄関でへっぴり腰になっていた180cmの大男は、ママには逆らわない。

 おっかなびっくりでリビングへ歩いていく。

 ホントに敏感なんだから。どうしよ。こんなんじゃマナ困っちゃうよ。

 ママは平然と動いてる。

 それにひきかえ、パパときたら、きょろきょろと周りを見てるわ。

 少し顔色が悪いし、私の部屋の扉を気にしている。

「アスカの部屋か?あそこ」

「そうよ。私の部屋。中見る?」

 パパはぶるぶると首を振った。

「と、とんでもない。なあ、ホンマに出えへんか?

 あそこの部屋が一番出そうやねんけど」

「ハインツ?」

「はい!」

「紅茶でいい?」

「お、お、おおきに」

 さすがはパパ。ママが何かたくらんでるのを察知してるのね。

 ま、いくら察知してても、ママの攻撃って奇想天外だから。

「アスカ。アナタ、部屋に入ってなさい」

 へぇ〜、二人っきりにして欲しいわけ?

 何するのか、わかんないけど、マナのことも頼むわよ。

「はいはい。あんまりアツアツにならないでよ。年頃の娘が在宅中なんだから」

 私は言うことはちゃんと言い残して部屋に入ったの。

 パパがいるから、マナを呼び出すわけにもいかないし…。

 

 暇よね…。

『げえぇっ!』

 うわ!パパの悲鳴。私は扉に駆け寄った。

 えっと、開けて見ちゃ駄目なのかな?

『そ、そんな、勘弁してぇな!

 頼むわ、お願い、キョウコ、僕の天使、ねぇ、お願いや、ひえぇっ!』

 なに、なに?なにしてるのよ!見たい!

『アスカ、おいで』

「は〜い!」

 最上級の返事で部屋から出ると、げっ!

 ソファーのパパの隣にちょこんと座ってるのは、マナじゃないの!

「へへへ、実物のパパさん、素敵だね」

 ママって、大胆!

 パパは気絶してるじゃない。

「ママ、これはどういうこと?」

「え?見ての通りよ。我が家のもう一人の娘を紹介したの」

「えへへ、次女のマナで〜す」

 じ、次女…。そう、籍を入れたんだ…。

 …って、幽霊が戸籍に入れられるわけないじゃない!

「パパには、何て?」

「アスカの親友の幽霊で、家族同様のお付き合いをしてるって」

「パパ、ちゃんと理解してた?」

「さあ、マナが横に座った瞬間に気絶したみたいだけど…」

「あのね…。じゃ、どうするのよ?」

「ん?納得するまで説明するわよ。可愛い娘のためだもの」

「なんか、ママだったら説得できそうな気がする。

 こんなとんでもない話でも、ね」

「ありがと」

 ママはにっこり微笑んだわ。

 この笑顔を見てると、こっちも元気が出てくるわね。

「さて、もうそろそろパパも帰ってきそうだから、

 アスカはマナとお部屋に行っててね。また気絶されたら時間の無駄だから」

「気合入ってるわね、ママ」

「当り前でしょ。こんな話はさっさと終わらせて、パパに甘えたいの」

 ……。

 はぁ…、本音はそこね。

 まあ、結果がよければ、私はそれでいいけど。

「マナ、行こ」

「うん」

 素直についてくるマナ。

 マナもママを信頼してるのね。不安そうなところが全然ないもの。

 

「ねえ、大丈夫だよね」

「やっぱり、少しは不安?」

「そりゃあ、ママは信用してるけど…」

「大丈夫。私が保証するわ。どんな手を使うかは見当つかないけど、

 あの人は、惣流・キョウコよ。絶対に大丈夫!」

 私は仁王立ちになって、宣言したわ。

「それより問題は、ホワイトデーよ、マナ!」

「へ?」

「アンタ、ホワイトデーどうするのよ」

「そんなの、私は関係ないでしょ。幽霊だもん」

「駄目!シンジがお返しするって言ってるんだから、アンタちゃんと考えなさい!」

「だぁって〜、実体ないからクッキーとかアクセサリーもらっても仕方ないもん」

「そんなのわかってるわよ。だから、何か考えろって言ってるの」

「え〜、アスカが考えてよ。私、考えるの苦手だもん」

「アンタねぇ…」

 う〜ん、これって難しいのよね。

 マナの言う通り、実体ないし、

 マナが一番喜ぶ<シンジとのお話>なんてした日には、

 またまたシンジが沈没しちゃうしね。

 困ったわね。

 えっと…幽霊って…。あれ?ちょっと待ってよ。

 マナ、確か出来ないって言ってたけど、そんな筈ないじゃない。

「ちょっと、マナ。アンタ、嘘ついてるでしょ」

「はい?何を?」

「アンタ、最初に幽霊が出来ることはほんの少しだって言ったよね。

 あれ、嘘でしょ。乗り移ったりできるんでしょ、ホントは」

 マナは、にこにこ笑っている。

「わかっちゃった?」

「だって、できないんなら、世間の心霊現象なんて起こらないじゃない。

 隠してたんでしょ、私に。何故?」

「だって、最初は怖がると思って…。

 それから、言いそびれちゃって、さ」

「まあ、そうでしょうね。マナのことだから。

 私だって、最初にそんなこと言われたら警戒しちゃうもんね。

 身体を乗っ取られてしまうんじゃないか、ってね」

「うん、それが怖かったから黙ってた」

 どうして、乗っ取ってしまわなかったの?って聞こうと思ったけど、止めたわ。

 マナはそんな娘じゃないもの。

 そんなこと聞いたら、イヤな気になるもんね。

「ねえ、乗り移れるのは人間だけ?

 ほら、よく人形に魂が、とかあるじゃない」

「え?う〜ん、試したことないからわからないよ」

「してみてよ!ほら、そのぬいぐるみに」

 私は愛用のお猿さんのぬいぐるみを指差した。

「じゃ、やってみる、ね」

 マナがぬいぐるみをじっと見つめて、スッと身体が消えちゃった。

「え?マナ?入ったの?」

 私はぬいぐるみを抱き上げた。

「お〜い、マナ?」

 返事がない。私は首をかしげたわ。できなかったのかな?

 なんとなくお猿さんを胸に抱いて、そのままイスに座った。

 部屋の中は私一人。し〜んとしてる。

「マナちゃ〜ん、どうしたの?」

 あれ?ちょっと、どうなっちゃったの?

 マナがいなくなっちゃったじゃない。

 えぇ!ひょっとして、そのまま消えちゃったってことないよね!

 あわわわ、どうしよ!

 

 

 

Act.32 父還る  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第32話です。『マナ絶体絶命』編の中編になります。
ママさんは直球勝負に出ました。まあ、パパは逆らえないと思います。
何せママさんはビッググレートチャンピオンofアスカですから。